同居から解放された嫁のぶつぶつ日記

認知姑&自閉娘&四匹の猫との非凡な毎日をつづる備忘録

 

同居生活にピリオド 

私の中で、ここ数年は
ずっと義母を中心に回っていた

認知症が始まったと思われる5年前は
自閉娘フェチ子の高校生活も始まっており
その中で、問題起こしまくり娘
しょっちゅう学校からは連絡来るわ
家ではちーちゃんの  の言動はあるわで
認知症と自閉症の板挟みの毎日
ホントにきつかった 

フェチ子が卒業をして
支援センターに行くようになり
やっと肩の荷も少し下りたかなという2年前は
それを待っていたかのような
ちーちゃんの認知症急性期で
もう勘弁してと悲鳴をあげるくらい大変だった

認知症病棟を退院して
ここ一年余りは割と穏やかな日々だったのだが
年が明けてからの急激な進みで
身体の機能も衰えて
介護度も一気に最重度になり
今回の入所の運びになったわけだが

なんだろう、この気だるさは・・・・

やっと認知症介護という重い枷が無くなり
これからはちーちゃんの予定に合わせなくて良い
ずっと自由に自分の時間が持てるというのに
・・・解放感というのを感じない

今でも朝8時になると
起こさなくちゃーとか
夜9時になると寝せなくちゃーと思い
その度に、あぁそうだったと・・・

玄関脇の義母の部屋の前を通るたび
胸がチクリ
部屋に入る時は深呼吸
主の不在に
冷静でいられない自分がいる

このせつなさはいつまで続くんだろう

きっと一ヶ月後には落ち着くのだと
思うのだが(早?)
今はまだまだ

考えてみれば
結婚即ベッタリ同居の始まりで
今年の10月でもう25年

いつも義母が居るのが当たり前だったし
自分たち夫婦、子供だけの気楽な生活なんて
味わってこなかった
だから、こんなふうにポッと義母という箍がはずれると
解放感よりも戸惑いの方が大きいのかもしれない

同居なんてするもんじゃない

何か事があるたびに
いつもぶつくさ思っていたものだが
今思うと
義母もだいぶ私に対して我慢をしていたのだろうなと。

同じ県内でありながら
海の傍で育ったがさつな嫁
内陸部でおっとりと育ち
亭主関白な旦那に仕えていた義母とでは
初めからその勝負は見えていたとはいえ(おいおい)
やはり後から入ってきた者の方が何倍も気を使う

最初のころ、世間体命の舅からよく注意されていたっけ
足音をたてるな、ドアの開閉は静かに
カーテンはキチンと締めろ
外に出るときはおかしな格好をするな
言葉遣いに気をつけろ

何しろ義母が義父に話すとき
呼びかける言葉が

「あなた~しましょうか?」

あなた、だよ。あなた

とうちゃん、かあちゃんの
ぱっぱらぱーの実家から来た嫁は
そのあまりのギャップにカルチャーショックを
覚えたものだった

でもね、ここでやっと世間一般のジョーシキというのも
教わった気がする

うちの実家って非常識だったんだって
気付かされもした
でも外聞ばかり気にするここいら辺よりも
自由だったんだとも思っている

ただ、別居だったら
ダンナがあの仏夫だ

きっと今でさえテキトーな嫁のことだ
ぐうたらで家の中しっちゃかめっちゃかでも
気にしない気にしないで過ごしていたんだろうな
「今日は起きたくないから
弁当無しね。朝は適当に食べてって」
なんてことも
やってたよな、絶対。うんうん

やっぱ、わたしは同居して
苦労すべき人間だったのかも??

ま、今思えばって話だけど・・・




さて、こんな同居生活もちーちゃんの入所で
一応のピリオドを打つことになりました
楽天では自閉娘の事を綴り、卒業とともに閉じて
新たに
ここでは認知症姑を主にして記事にしてきましたが
主役が居なくなったここをどうしょうかと
ただいま思案中

ただの日常をつづる
不定期な日記にするかもしれませんが
しばらくはお休みにしたいと思います
閉じはしませんので
気が向いたら、たまには覗いてやってください
それでは・・・
スポンサーサイト

category: 認知な姑

thread: 認知症の介護 - janre: 福祉・ボランティア

義兄弟たちへ報告 

兄弟たちに入所の事を早く報せるようにと
仏夫をつつく

せっかちの嫁と違って
のんびりという性格の所為もあるが
口下手の上に、ことがことだけに
中々・・・・

それでも次の日には連絡をしていたようだ

わざと傍に居なかったので
どんなふうに伝えたのかは定かではないが
4人の兄弟たちの反応はどうだったのか
訊いてみた

全員、いままでの労を労ってくれた
入所させたことについては良かったと思っていると


仏夫が本当はもっと看てやりたかったが
施設の方も今、決めないと次の人に回すと言われたので
仕方無かった

みたいなことを言ったのだろう

「そんなふうに言ってもらえて
お母さんは幸せだったのだと思う」

と義妹

そうだよね
こうなった場合、世の中の同居嫁のどれくらいの人が
姑との別れを惜しむのだろうね ?

そう考えると
認知症を患ったばかりにこんな結果にはなったけど
そうなるまでの姑としてのちーちゃんは
良いお姑さんだったなと・・・

義兄弟たちの反応は至極もっともで
普通の神経を持っているなら
私ら夫婦に感謝してこそ
文句なんてもっての外だ

義妹ともギクシャクしてしまったが
これで一応の決着ってことかな ?

それにつけても
あんたら見事に、口もだけど
手も全然出さなかったよねぇ~
ホント、感心するわぁ







category: 小姑

thread: 認知症の介護 - janre: 福祉・ボランティア

入所当日 

バタバタと決まったので
入所前夜はあわてて
ちーちゃんが大好きな握りずしを買ってきた

なんでオバアちゃんだけかと
不思議がるフェチ子に
シーッ!


「おいしかね?」

訊ねるまでもない
十二貫ぺろり
オカズもしっかり完食

入ってしまえばこういう生ものは
なかなか出ないだろうし
ちーちゃん、満足してくれてよかった

当日の朝は、やっぱり複雑でねえ
ずっとうるうるし通しだった

朝食を食べさせている間も
鼻水は出てくるわで困った
いくらボケているとはいえ
嫁の様子に何か感じるものがあったのだろうか
車に乗せるときに
どこかしら拒否しているような態度が・・・

後で仏夫にそう思わなかった?と
訊くと、鈍いところがある仏夫
全然、感じなかったとか 

車中では頭の中でドナドナの曲がぐるぐる

しかし、もう着いてしまえば
事務的に事は運ぶって感じで
スタッフに連れられて、ちーちゃんは食堂
私たちは職員に説明を受け
山ほどの契約書にサインと押印

ここはスタッフもベテランだし
胃ろうになっても処置ができるということで
ケアマネ一番のお勧め施設だった
しかし清潔ではあるが、なにしろ古い
おまけに四人部屋で、ベッドも電動じゃない
まるで病院みたいだ

ショートで利用していたところはホテル並みに綺麗で
おまけに個室
もちろん、そのぶん料金は高かったが(ここの2倍)
あそこのほうが・・・・
と、ちょっぴり不安な気持ちになった

事務処理も終わり
改めてちーちゃんの部屋に行ったところ
ちょうどスタッフが
ちーちゃんの隣のベッドにいるお婆さんに
何事か難詰している現場に遭遇

それを車椅子に乗っているちーちゃんが
恐ろしげに見ている


ますますここで良かったのだろうかと不安が・・・・

しかし今となっては
とにもかくにも、預けるしかない
そんな覚悟で義母に
「また来るからね」

挨拶して帰ろうとしたら

「また来るて、どういう意味ね?」

 

何とも応えられず固まっていたら
難詰していた人とは別のスタッフが
うまいこと誤魔化してくれた

しかし、アイが、コイがのちーちゃんが
こんなことを言うなんて夢にも思わず
ドッキリしてしまった

やはりなにか感じ取っていたのね 



category: 認知な姑

いよいよ明日 

案内が来た日
結果は分かり切ったことだが
帰宅した仏夫に相談する

今回断れば
本当に困ったときに入れなくなる


だよね・・・・

主たる介護人である私が
いや最後まで頑張ると言ったところで
誰も喜ばないだろうし
私自身、自信もない

でもね、なんだろうこの気持ち

自分が解放されたいがために
義母を施設へという罪悪感 ?

うんにゃ、それは全くない
これっぽっちもない

他の義兄弟たちへの後ろめたさ ?

うんにゃ、これこそまったくもって無し

もし、いや絶対に言ってはこないだろうが
誰か責めるような事を言ってきたとしたら
それこそ幸い、返す刀でぶったぎってやる

こうなってつくづく思う
いいよねぇ、あんたたちは
同じ子供として、その連れ合いとして
立場は同じはずなのに
同居嫁が今感じている辛さなんて
全然味合わなくていいんだから・・・・

この気持ちは、やはりちーちゃんへの"情"なんだと思う
もうすぐベッタリ同居歴25年
この年月ってのは侮れんなぁ

いっそ、嫌な想い出しかなかった義母だったらよかったのに
そしたら清々してたのに・・・

せめて後一週間、と思い
施設の方に連絡したら
「一週間も空けてはおけません
それだと次の人に回すことになります」

だと。

そっかー・・・・

で、いよいよちーちゃん、明日入所の運びとなりました

もう自分が施設にやられるとか
そんなこと何にも分からないだろうから(多分)
それだけが救いなのかも・・・・

category: 認知な姑

thread: 認知症の介護 - janre: 福祉・ボランティア

入所の案内が 

9日間のショートを終えて
ちーちゃん、帰宅
以前だったら
ここは何処 ?私は誰 ?状態になるのだが
最近はそれもない
帰ってきた途端、行っていたのを忘れるのだろう。多分

痴呆が進んだのは本人にとってはどうなんだろう ?

少なくとも、介護をしている嫁にとっては
ここまで来るまでの道程は大変で
投げ出したくなったことも数知れず
特に一昨年の入院前の日々は
ほとんど地獄だった

ところが自分で何にも出来なくなり
言葉もほとんど出なくなった現在
衣服の着脱から洗面、排泄、食事介助と
肉体的な介護は全面に渡るようにはなったが
精神的な面ではこんなに楽でいいのかと
頭を捻るくらい
ちーちゃん、悩ませてくれなくなった

(介護度が上がったため
デイやショートが格段に利用できるようになったことも
大きい)

彼女もきっと
あの、これからどうなるのかとか
死への恐怖とか、諸々の不安から解放され
案外、今の方が幸せなのかもしれない
実際は、ホントのところは分からない
しかし傍で穏やかになった彼女の表情を見ていると
そう思えて仕方がない



今、うちの庭には仏夫が植えた花々が
たくさん咲いている
(嫁は花作りの趣味はなし・)

お陰で供える花には事欠かない
今朝、仏壇の花を替えていたところ

「きれいかねぇ~」


お、お義母さん・・・

私が見せて、返事を促すことはあったが
自分からこんなこと言ったのは久しぶり

そうだよね、ちーちゃん花好きだったもんね

なんだかジンワリしてしまった

認定の更新の案内が来ていたので
ケアマネに連絡をした時の話

もうそろそろ施設入所が出来そうなのだが
彼女の今の様子だと最後まででもいいかも
と、何の気もなしにいうケアマネに
わたしもそう思わないでもないが
でも、やはり案内が来たら入れますと
キッパリ答えた
その時は本当にそう思っていた

ところがデイに送り出して
掃除も終わりやれやれと一息ついたところに 

「こちら、○○ですが、3月に申し込みがあった
入所の件で・・・」


入所の案内だった・・・

思わず、絶句 
うろたえている自分がいる

取り敢えず返事は主人と相談して
ということにしてもらったが
何故だか涙も出てきた

いや、理性では分かってるのよ
これがお互いにベストなんだって
施設には病院が隣接しているし
いざという時は安心なんだって

でもね。。。。。

category: 認知な姑

thread: 認知症の介護 - janre: 福祉・ボランティア

スーパーで 

スーパーの野菜売り場で
甲斐甲斐しく働いている青年を見た
一見してその障害が分かる彼だったが
障害を持つ子の一親として
その真面目な働きぶりに
心の中で
「がんばって!」とエール。

やっぱ大手のスーパーは違うわ


で、これは別のスーパーでのこと
レジに並んでいた
ひとりおいて次が私の番だったが
なかなか番が回ってこない 
見るとお婆さんが精算で戸惑っている
財布を出したり、しまったり
バッグの中をかきまわしてわ
レジの人に何事か話して
またバッグの中をごそごそ

レジの女性は困っていたようだが
お婆さんは別に慌てているふうでもない


そのうちにそのレジだけ長蛇の列
こりゃ埒があかんと、さっさと隣のレジに移ったが

もしかしてアノお婆さんも
初期の認知症なのかもしれない

先日の事
9時に就寝させるため
歯磨きなどをさせ
入歯を洗面所に置きに行っていた間に
仏夫が胸にあてていたエプロンをはずしてくれていた
その仏夫にちーちゃん
「なんばすっと

怒っている。。。。

エプロンはずしただけなのにと
仏夫はぶつぶつ

自室に連れてきて
服を脱がすのを手伝っていた仏夫に
これまた
「なんばすっと

睨みつけている

ところが、嫁に向ける顔は一転して穏やかで
大人しく着替えをさせるし
こちらが笑いかけるとニッコリ笑い返す

うーむ
これってどういうこと?

もしかして息子である仏夫が
見知らぬ男に見えていた?

それに対して嫁は
自分をケアしてくれる人だと
安心して身をまかしているとか?

自閉の世界は、だいぶ分かってきたつもりだが
日々移り変わる認知症の世界は
いつも未知との遭遇のようだ

category: 認知症と自閉症

末期の始まり? 

うちは車が入れない不便なところにあり
毎日のデイサービスの送迎は
隣の料亭にお願いして
駐車場に乗り入らせてもらっている

それでも玄関まで10メートル足らずは
車椅子を押してもらわなくてはいけない

先日の事
送迎車から車椅子を降ろす機械音が聞こえてこない
 ん

外を見ると
な、ななんと
ちーちゃんがスタッフから両腕を支えられて
あ、あるいている 

 ぴぇ~~~~

彼女の歩く姿を見たのは何ヶ月振りだろう・・・
4ヶ月?5ヶ月?
今年に入ってからそんなに経たないで
車椅子になっちゃったからそんなものだろうが
それにしても驚いた

うちでも仏夫とふたりで居間から自室まで歩かせてみると
前のめりで、いかにも倒れそうではあるが
・・・歩ける

ケアマネに話すと
センターでは職員が機能訓練のために行っているが
家ではあまりしない方がいいですよとのこと
かもな~
もしものことがあったらいかんしなぁ

それにしても自立歩行は難しいとしても
機能としては歩けるのではないだろうか ?
ちーちゃん、病気の所為で、"歩く"という行為自体を
忘れているのではないだろうか ?

恐るべし認知症 

ここを見ている姉が
そのあまりの進み具合に
もう入所より先にお迎えが早いのでは ?という(こらこら)

いや、それはない

何故なら、しっかりと三食摂れているから
いや「食欲がある」という意味ではない

箸を持たせても二口、三口食べたら
傍で食べている嫁の方を見て

食べさせてくれるのを待っている

で、急いで食べ終えた嫁が
お待たせしましたぁとばかりに箸を近づけると
反射的に口をアーン
これで三食、ぜんぶ完食
まるで親鳥がヒナに与えているような食餌状態である
もう味覚もなんもないのかもしれない

彼女は今現在
認知症のどの辺りなんだろう?
もう食べるという行為自体も忘れちゃったら
いよいよ終末期なのだろうが
まだそれはないし、内臓には問題がないので
末期の始まりというところなのだろうか・・・・




category: 認知な姑

thread: 認知症の介護 - janre: 福祉・ボランティア

アイが、コイが 

色っぽいタイトルを付けたが
これは「あれが」「これが」という意味で
こっちの方言

で、ちーさま
最近はもっぱらこの二言で
用事を済ませている

この後に何か本来の用件が続くものと思い
待ってはいるが
これを言った途端、用件を忘れるというか
続く言葉自体を忘れているというか・・・

いつものように
「コイが」が始まったので
顔をみたら
 鼻水ダラー
目の前にテイッシュがあるにも拘らず
嫁が拭いてくれるのを待っている

ティッシュをあててもそのまま
「鼻、チーン」と促さないと
鼻もかめなくなっている

そしていつもの排セツ問題
また夜中に大の方をしてくれて
朝から  だったのだが
立たせて、まだ拭いている途中なのに
その汚れたお尻のままで
ベッドに座りこんでしまった 

こーゆうときはホントにもう溜息ばかり

まだ言葉もあって
幾らか自覚ができた時は
それゆえに自分のそんな姿に懊悩して
うつ状態になったこともあった
そしてそれはそれで私も大変だったし
喧嘩もよくしたものだったが
本人はもぉここまできちゃったら
悩むことは何もなし
一日中頭の中に濃霧がかかったような感じ ?

これが実母だったら
こんな姿を見るのは
娘としては忍びないし
せつないし、見たくないのだろうが
いかんせん、わたしゃ嫁という名の他人
しかも何の因果か嫌でも毎日毎日、見にゃならん
看にゃならん

最近ね
喧嘩はしていても
会話とかコミュニケイト出来た時は(憎悪はあったが)
抱かなかったような感情を
彼女に対して抱くようになった

ボーとした、いかにも痴呆という弛緩した表情
そんな彼女を冷たく見ている自分がいる
侮蔑といってもいいかもしれない

「お母さん、年取ったら誰でもあんなになると?
あんなになるんだったら年取りたくない」

とフェチ子

認知症という病気だから
誰でもなるわけではない
とは答えたが
いずれ私も行く道かもしれない
ていうか行くだろう

それを考えたら
病気なんだし、も少し優しい気持ちを彼女に持てとは
思うんだけど・・・・

やっぱり会話がまるっきり出来なくなった
この事の代償って大きいとつくづく感じている





category: 認知な姑

thread: 認知症の介護 - janre: 福祉・ボランティア

もうこりごり 

高速初体験の大分道はトンネルでビビったが
福岡方面は全くなしで
その点は良かったのだが
なにしろ交通量が全然違う

二車線がせいぜいの田舎モンにとって
高速の三車線は。。。。。

ドキドキもんで顔は強張るわ
腋汗はじっとりの母の傍で
さすがは空気読めず大王のフェチ子

お腹空いたぁ
着いたら何食べる?
お父さんさぁ、なんであんなに屁こくとぉ?
りりぃちゃんたちは今どこかなぁ?


ぺらぺらぺらぺらぺらぺら

うるさーい

いやぁ、誰が向かないって
助手席には自閉娘が一番向かん 


それでも古賀インターまでは
なんとか間違えずに到着して 

としたのもつかのま
一般道でハナちゃんママとはぐれ
ついでに道にも迷ってしまった 
とりあえずりりぃちゃんたちと待ち合わせの駅までと
G.Sで道を尋ね、一般道でも三車線かぁと怖々進んだのだが

ん!?香椎?
あちゃー、行き過ぎてしまった 

パニくって、そこら辺を歩いてたオバサンに
道を尋ねたら
まるっきり反対だと呆れられた
 アハハハ・・・

「わたしが曲がり道まで乗って教えてあげる」

70代のその年代にしては背がスラーとしたオバサンが
親切にそう言ってくれたので言葉に甘えて
道案内をしてもらった

お陰さまでと礼を言い
降ろして走り出したところ
慌てて追いかけてくるオバサンの姿がバックミラーに・・・
ん!?
フッと横を見たらシートに日傘が。

あちゃぁー、と思ったが
車は急に止まらない、止まれない

少し走って、車を置き
オバサンを探したが、時既に遅しだった
あのオバサンも親切心を出したばっかりに 

迷いはしたがそんなに待たせずに
りりぃちゃんママたちと合流
少し遅れてハナちゃんママたちも到着

聞けば彼女も同じように香椎まで行ったのだとか

行きはそんなで
兎にも角にも無事会えたのでよかったのだが
問題は次の日の帰り

行きと同じくハナちゃんママの後ろを走っていた
彼女が確信的に降りたので
「はてな?」
と思いながらも降りたところが
福岡インター



こうなったら時間はかかるが
一般道で行く? 


というハナちゃんママに
いやいや、ほとんど一本道の海の中道でさえ迷ったのに
博多の街の中を通るのは無謀でしょ

つーことでUターンして再び高速へ・・・

ところが、今度はわたし
ハナちゃんママの車を見失い
それはいいとして、間違って首都高速に乗らないように
乗らないようにと念じていたら
大宰府インターで降りてしまった

ここはとても混むところで
いったん降りちゃったらどこをどう行けば・・・うぅぅぅ
料金所の女性に訊いたら
係員が来て誘導するからという

いやぁー、誘導して貰ってよかった
聞いただけではとてもUターン出来ないくらい
複雑な道だった
係員曰く
「あんた、休日で空いているから良かったよ
これが平日だったら、とてもとても」


さいですか・・・・

その後、ハナちゃんママたちとはS.Aでパッタリ
もう少し走るつもりだったが
精も根も尽き果てて、一般道で帰宅した

「この間もそうだったし(大分)
お母さんって迷ってばっかし!!」

と、フェチ子

「・・・・・・。」

返す言葉もなし

いやぁ福岡方面はもうこりごり
少なくとも自分の運転じゃ行かないぞと
堅く堅く誓った旅であった



category: 馬場エマ

thread: どうでもいい報告 - janre: 日記

四季の花時計

リンク

最近の記事

プロフィール

最新のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

ブログ内検索

最近のトラックバック

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

FC2カウンター